慎吾で学ぶ量子力学
優奈ちゃんが入院している病院へ慎吾と向かう途中、地下鉄の隣の車両にあの人を見た。
「おい、どこへ行くんや」
「ちょっと」
「逃げる気か」
慎吾に腕をつかまれた。
佐々隆史に似たその人は病院のある駅「北部医療センター駅」の1駅手前「N学園前駅」で降りた。
似ている。
いや、絶対あの人だ。
降りたい、追いかけたい、何故こんなところにいるの?ここに住んでるの?それとも・・・。
電車が発車した。
わたしはドアに貼りついた。
優奈ちゃんは眠っている。
これを見ろ、よく見ろと慎吾は言った。
わたしは気持ちのこもっていない「ごめんなさい」を言った。
環境設定を変えてやる。意地でも。
帰宅すると処理業者が来ていくばくかのお金をわたしに渡した。
廃品処理は二束三文で、下手したら処理料のほうが大きくて、二束三文のお金でももらえるだけマシだと、偉そうにおじいさんが言った。
若い二人の社員はせっせと物を運び出す。
「ねえちゃん、まだまだ使えそうなものばっかりやなぁ。いや、理由なんて聞かへん。訳ありのお客さんばっかりやしな。理由をいちいち聞かへんのがわしらの業界の掟みたいなもんや」
聞いてもしない話をしたり顔で語られるのはしゃくだ。
わたしは話の途中でベランダに出た。
冷蔵庫も洗濯機もエアコンも運び出されていく。
テーブル、ソファ、テレビ、テレビボード、チェア、デスク。
「あれ?・・・あの・・・これ、いりますか?」と汗びっしょりの男の子が聞いてきた。
「机の裏側に落ちてました」
紙切れを渡された。
便箋にわたしの字で書かれている。
「わたしの大好きな旦那さま。佐々隆史さん」
わたしの、
旦那さま。
隆史。
わたしの・・・
車は高速道路を北へと走っていた。
窓を開けると車内に突風が吹き込んで子供たちはおおはしゃぎした。
わたしの黒髪がなびいて後部座席の子供たちの顔面をさえぎったのだ。
圭祐が「ママは長い髪が似合ってるなぁ」と言った。
拓海が「僕も伸ばそうかな、髪の毛」と言ったら「拓は男の子やからしないの!」と言って笑った。
隆史さんとわたしと圭祐と拓海の4人家族で日本海沿いの隆史さんの実家に向かう。
隆史さんのご両親は孫に会うのを凄く楽しみにしていて、わたしもそんなご両親に会えるのを心待ちにしているのだ。
だってわたしの両親や兄の家族は飛行機事故で死んでしまったので。
綺麗な海、青い空、砂浜に立てたブルーとホワイトのパラソルの下にビニールシートを敷いて腰を下ろす。
海を渡ってくる風は冷たくて、日陰にさえいれば寒いぐらいに涼しい。
3人は遠浅の海に入ってスイカのビーチボールでバレーをしてはしゃいでいる。
もうすぐお昼だ。
クーラーボックスにサンドイッチやジュースを入れてある。
しかしよく遊ぶなぁ。
「う・・・」
わたしはにこやかに3人を眺めていたのだが、暫くすると猛烈な腹痛と吐き気に襲われた。
嘔吐した。
わたしが倒れているのに3人は気づかずに海で遊んでいたので処置が遅れた。
「おい、優子!どうした!」「ママ」
病院に運ばれて気がついたときには夕方になっていた。
腕には点滴が。
「夏の長旅の疲れでしょう。帰省シーズンにはよくあることです」とお医者さんは言った。
なのにその夏、わたしはそのまま帰宅すると大阪の別の病院に入院した。
子供たちは自分らが遊んでいてママの病気を見つけるのが遅れたからだと泣いた。
「そんなことないのよ」
圭祐と拓海の頭を撫でた。
隆史さんを見あげた。
「大丈夫、ママはすぐに退院して美味しいカレーを作ってくれるよ。なぁママ」
「そうよ、とびっきりのカレー作ってあげる」
わたしは約束を破った。
子供たちにカレーを作るという小さな約束を。
天使が光っている。
「わたしは子供たちを置いて死ねません」
マデウスは言った。
「佐々優子。お前の兄の願いを聞き届けた。お前は今日から私の元で兄たちと一緒に働くのだ」と。
「あの~、大丈夫ですか?」
と若い男の子が言った。
「あ、ごめんなさい。なんともないわ」
ベランダに青い顔で立ち尽くすわたしに男の子は心配そうだった。
全てを思い出した。
この便箋が「サイン」だったのだ。
次回最終回です。
長い間読んでくださってありがとうございます。
慎吾 祝 子育て満開
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