羽目 一瞬も一生も美しく
須藤さんから俺たち1年の歓迎会をするからと、無理やり居残らされて見せられたのはAVだった。
わざわざ部室にビデオデッキを持ち込んで何をするかと思えば・・・。
それでも女子に入室禁止するくらいの配慮はあるらしい。
まあ、あの人なりにもプライドがあるんだという事が分かっただけでも良かったというべきか・・・。
実際には何も良いところなど無く、白けた顔をした俺を弄って来た分鬱陶しさが増していたのでやはり逃げるべきだったと後悔したが、それでも『見た』という経験値はいつの日か役立つだろうと、この反吐を吐きそうな怒りもプラスのエネルギーに変換出来ないものか考えてみる。
帰り際、須藤さんに俺の顔ならどんな女でもイチコロだろうと言われたが、相手が良いからと言ってこっちが良いとは限らない。
俺の相手がブスである事を願ってるって・・・どんな呪いだよ。
相手がブスだったらそもそもそういう行為をしたいとすら思わないだろう。
だとしたら須藤さんが地団太を踏んで悔しがりそうな美人か?と思ったが、生憎この顔を持って生まれてしまっては自分より見劣りする奴を美人だとは認めたくない。
俺と並ぶくらいの美貌で女性というと・・・母さん!?
そんな考えに身体の真からゾワゾワと寒気が襲って来る。
親子で妄想なんて死んでも嫌だ。同じ顔といえば従姉妹だが、自分とキスをする様な感じでこっちも有り得ないと思う。
俺の相手・・・多分、死ぬまでしなくても良い気がする。
いや、入江の長男としてそれは無理か。いつかは誰かを抱いて・・・自分も父親にならねばならないだろう。
年を取るのは憂鬱だなと思いながら、365日を1日でも早く進める為に布団に入った。
相変わらず眠りは浅く、今日のAVが頭の中に再生されるが未だに身体は反応しない。
よくあんな作り物で騒げるなと呆れる。
俺もいつしか、そういう相手が出来て興奮する事でもあるのだろうか。
だとしたら、それはどんな相手なのだろう。
一度、会ってみたい・・・そんな馬鹿な事を思いながら夢は途切れた様に思う。
なのに・・・
「入江くん、入江くん、起きて」と揺り起こされて目が開いた。
『入江くん』などと呼ぶから絶対に学校だろうと慌てて目を開いたのに、目の前の女はピンクのパジャマで俺自身もパジャマを着ている様だった。袖口しか見ていないがブルーのストライプな柄は多分パジャマだろう。
「何だよ・・・」と言ったら、相手が「勉強、根詰めないでね。あっコーヒー淹れてこれば良かった?」と俺を起こした割には頓珍漢な事ばかりを言う。
「は!? コーヒー??」と聞くと、相手は「うん、そう。入江くん、コーヒー好きだもんね」と何故か俺の好みを当てたので「ああ、まあ・・・」と適当に相槌を打つ。
学校ではコーヒーなんか飲まないから小学生時代からブラックでコーヒーを飲む事は周りに知られていない。
甘い物嫌いくらいは知られているから、コーヒーを持ってこさせて様子を見る事にした。
すると相手は「じゃあ、待っててね」と言って笑顔で俺の部屋から出て行こうとする。
何でこいつはこの部屋にパジャマで居るのだろうと思って、一応尋ねた。
「なあ、なんで俺を『入江くん』って呼ぶのに家でコーヒー淹れられるんだよ」と言ったらそいつは恥ずかしそうに「ご、ごめんね・・・どうしても、な、直樹・・・くんって呼べなくて。まだ入江くんって呼びたいなって・・・入江くんだってイイって言ってたじゃない。やっぱり名前で呼んで欲しい!?」と恥ずかしそうに聞かれて・・・俺は相手の顔を見られなくなった。
何となく・・・心拍数は上昇中の様だ。
この俺が・・・。今日のAVの影響がこんなところに出てるのだろうか!?
俺が返事をせずに背を向けたので、相手は部屋を出てってしまった様だ。
結局、相手がどんな人物だったのか掴めないまま・・・俺は目覚ましに起こされた。
髪が長い女性。夢の内容で覚えているのはそれだけ。
『入江くん』呼びが印象に残ったが、俺が高校生で親しい女性が居ないからだなという事で結論づけた。
それから2年後に、まさか髪の長い同い年の少女と同居する羽目になるなんて思いもせず、それが縁で結婚するとは夢にも思わないのだった。
* * *うっかり危うく今月のネタ書かずに5月が終わるかと何故でしょう、忙しいです★ 今月あと1本更新出来たらいいなーと思いますが、これ1本かも